加賀乙彦『雲の都』膨大な小説、コロナだからこそ読めた

1巻が500ページぐらい、それが5巻あるから超長編

小説である。こんな長い小説を読めるのもコロナのおか

げ。何と4巻までたった3週間で読み終えた。しかし、

これは文学ではなく『私小説』の類。いやいや小説でも

なく『日記』なのだ。だからもはや5巻目は止めた。

 私小説でも、単なる日記でも戦後、激動の日本社会

をほぼ同時代に生きた者、しかも加賀乙彦の生きた青春

とほぼ同じ位置にいた私は自分の日記を読むような感傷

にひたることが出来た。

 血のメーデー事件、その後の共産党民青の『歌声運動』

その反動としての極左主義の台頭。60年安保闘争で頭

にけがをし、70年安保闘争で火炎瓶に追われて教授室

を占拠される。その間の膨大な日記は生ナマしい。

 たしかに私は加賀乙彦のそばにいた。しかしこのヒト

は結局身分の違う、つまり次元の違う世界にいた。私は

下層階級、貧乏学生として、加賀は裕福な上流階級の学

生として。済む家も食べるモノもない生活の私に比べて

加賀は叔母、叔父など軽井沢に別荘を持つ、しかも弁護士

や大臣、大病院の医師。女性はフランスやドイツでピアノ

バイオリンの酒豪の留学三昧。

 そこには物理学者とか生物学者などは皆無。こんな優秀

な家系で科学者などまったくいない。お金にならない種族

だからなのだろう。奥様達はきまって音楽家で美人。だか

ら家族構成はみだれに乱れている。兄弟には決まって、夫

以外の子供がひそかに生まれている。

 いまさらになって安堵する。東大の上流階級でなくて良

かったなあ。食うや食わずで科学者になって好きな学問が

思う存分出来た。医学部で医者になり欲求不満で『小説

みたいな膨大な日記』を書いたヒトに比べて。