あの世を信じる物理の学生、4年間の勉強で優秀でもあの世、アノヨ

 昨日の本欄で、われわれの集い『那須サイエ

ンスカフェ空騒ぎの会』の年寄り連中が、恐山

の口寄せに出かけるという矛盾を述べた。たく

さんのご意見が寄せられ、皆様の関心の高さに

驚いた。その中に『理系の若者だってあの世を

信じているよ』という訴えがあった。

 たしかにそのとうり。あのオーム真理教事件

のスポークスマン役のジョーコーとか何とか言

う男も早稲田大学理工学部出身者だったではな

いか。ある時早稲田大学理工学部物理学科に、

珍しく女子学生が入ってきた。これがオカルト

だった。

 変な美人の新入生がいる、と私の大学院生

達が騒いでいることに気が付いた。物理学科

の学生はたった50人、女子学生などめった

に入学してこない。高校ならひとクラス。担

任の教員でなくともすぐ顔と名前は覚える。し

かし大学は違う。30人の教授の誰一人として

その新入生たちに興味を示し顔や名前を覚える

などという者はいない。

 しかしこのときはちがっていた。教授会に

までこの女子学生のことが話題になった。本人

と話したという教授があった。『家は母子家庭

鍼灸師、占い師だ』という情報を披露した。

教授たちは『それは困った、物理学を勉強する

のもアノヨのことを確かめたいから』というの

では手の打ちようがないではないか。

 そこで私は立ち上がった。『私におまかせ下

さい。私が立派な科学者として育ててみせます

よ。』教授会のメンバーは皆喜んだ。『そうだ、

大槻先生が適任だ。何しろヒトダマの研究者だ

から(笑)』と。

 かくしてこのオカルト女子学生は私の大学院

生たちのアイドルとなった。成績もよかった。研

究室の談話会などで顔を合わせるたびに話かけた。

『アノヨなどないよ』などと言う単純な会話はし

ないようにしたが、その代わり『エンゲルスの唯

物論を勉強しなさい。ライプニッツの哲学とはね』

という具合に話かけた。

 かくて4年間。彼女の成績はトップクラス。相変

わらず賢く美人だった。しかし4年間で大学院生で

彼女に熱を上げた者も大勢あったがすべて手を引い

た。霊やアノヨを信じるのを止めないどころか、ま

すます激しくなったというのだ。つまり教授会で、

あれだけ見栄を切った私の教育はまったく失敗に

終わった。

 彼女は就職することもなく、大学院に進学する

こともなく、静かに早稲田大学を去って行った。

うわさによると東京西部で母の後をついで鍼灸師

と占いをやっているという。量子力学でも使って占

いでもやっているのか?科学者として、教育者とし

て、私は無力感。