たった一つのチセ(家)、中はいろり庵一つだけ、こんなの昔の我が家の離れ

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  4棟も並んでいるのに公開されているのは一番大きな

『ポロチセ』という藁屋根の家屋だけ。こんな家は昔の実

家だが、中身はオソマツ。いろりに火が入っていた。他は

何もなし。こんなチセで家族が生活して行けるはずはな

い。空港に向かうタクシーのドライバーに後で聞いたら

『あの近くには大きなアイヌの家々が並んでいたが政府

はそれを壊して、あんな子供だましの小屋を作ってしま

った』とのこと。バカにするな。こんな藁ぶき、かやぶ

きの家ならあの飛騨高山の『白川郷』がはるかにすごい。

いやいや、今だって私の実家角田市小田赤生にいらっし

ゃい。はるかに大きなチセを見せてあげるよ。(私の実

家すで新築してしまったが隣近所はまだ大きなかやぶき

のチセだ)

 チセ見物にあきれた私は本当に、もう帰りたくなった。

しかし、肝心の目的を忘れてはだめだ。『赤生』がアイ

ヌ語かどうか、アイヌ語ならその意味は何か、を調べな

ければならない。それには何はともあれアイヌ民族博物

館に入らなければ。そこで戸外から元のいかめしい、黒

い建物に戻った。

 2階の博物館は開いていた。人だかりにしている場所

に並ぼうとすると係の女性がとんで来た。『入場チケ

ットあるか?』何?!入場チケット?すでにこの国立

アイ博物館の『入退場ゲート』というところで、あら

かじめセブンエレブンで3000円ぐらいで購入した

チケットを見せ体温測定して入場してきたのだ。なに

を今さら博物館のチケットか?

 その女性曰く、博物館の建物は入れたが2階の博物館そのも

のに行くには別にチケットがいるのだ、と。すぐこの女性は、

私が誰であるか分かったようだ。チケット発行カウンターに

行って『特別ですよ』と手配してくれ、列(と言っても10

人ほど)に並んだ。そのまま2階に陳列館。すごく広い感じ

の陳列館にはアイヌの農作業道具、狩りの道具、魚とり道具

などが並んでいた。

 そんなものはどうでも良い。なにか文化、芸術、芸能に

関するモノはないのか。それらしきモノはない。やっと、

三味線ではなく『五味線』が2台あった。つまり三味線の

糸を5本にしたもの。あとは漆器が少しあるだけで、見る

べきものはない。

 小田赤生(アコウ)を調べなければ。アイヌ語辞書の

ようなモノはないのか。まったくない。そこで係の女性

に聞いた。『ここに学芸員はいないのか』女性は怪訝な

顔。『学芸委員てなんですか?』『学芸委員を知らない

の?どこの国立博物館でも専門知識を持つ先生がいるは

ずだ』

 ここにはそんな学芸委員などいませんよ。何が知りたいの

ですか。『アコウ』の意味が知りたいのだよ。つまりアイヌ

語辞典はないの?』『ああ、それのことですか。アイヌ語

典はあるように聞いていますが、ここにはありません。図書

館にあると思いますが今は閉鎖してます』

 これで終わった。さあもう帰ろう。と言ってもまだ10時20

分。これから千歳空港にタクシーで戻っても11時過ぎ。ANA

福島便は4時。つまり空港で5時間待つことになる!まだもう少

アイヌウポポイで過ごそうか?いやいや、空港のANAラウ

ンジの方がウポポイよりはマシだろう。ここの『焚火ダイニング

カフェ』とやらに入っても5時間は無理。やはり空港に行こう。

    (つづく)